■はじめに

私の推理、ストラディヴァリウス(通称ストラド)は燻煙した木を使ってバイオリンを作っていたと考える。木は燻煙をすると木材中の物質である【ヘミセルロースが化学変化をしてそのまま固着されるので木は歪みを生じない様になる。】このヘミセルロースは水に溶けるため乾燥とともに減少するが燻煙で化学変化すると水に溶けることなくその作用が持続させると考える。それの裏付けとして皮付丸太のまま燻煙した材料は製材してから捻じれや割れが生じない事は燻煙加工をしている業界では良く知られている。皮付丸太は堅い皮に包まれているため水を外に漏らさずに隅々まで広げる機能があり、その水が触媒の働きをして煙成分を隈なく行きわたる役目をするから皮付き丸太を燻煙すれば捻じれや歪みが発生しないことになる。ストラドが制作から300年を超える年月を劣化することなくなり続ける秘密を世界中の製作者や一部の科学者が分析、研究してきているが解明されていない。またおよそ70年の制作期間の中で600挺もの多くのバイオリンを300年間現役で君臨させているのは燻煙材料によるものと推測する。

■古い楽器は音が良い?

古い楽器は良く鳴ると言われていますがこれは間違いで、良く鳴る楽器は初めから良く鳴ります。ストラドも初めから良く鳴っていたから大事に扱われて大量に残っていると考えています。また新しい楽器は弾くにつれてだんだん環境に馴染むことでさらに良く鳴る様になります、楽器本体は最低限の水分が必要で乾きすぎは良くないので厳重に管理をすると同時に演奏の前には必ずオームアップは欠かせません、このウォームアップは楽器が程よく振動するために水分を保持させるもので乾きすぎを防止させる役目もある。この様に適正な水分を保持させることで一定の年月は熟成して安定をした振動、すなわち良く鳴る状態になるが、楽器はある程度の年月とともに劣化することで鳴らなくなる。ストラドは600挺も300年現役で君臨しているのは木が劣化をしていないからある。
ヴァイオリンに限らず古い楽器の大部分は形だけのものが博物館の陳列棚に並んでいるだけで楽器として機能するものはほとんどないと思う。

■経年変化と劣化の違い

楽器業界の多くの人がある程度弾きこんだ楽器は良く鳴るのは木の劣化によるものと考えられているようで燻煙もその為の劣化促進作業と考えている人もいるが間違いです。また劣化を促進するための設備を作っている企業や研究所もありますがそれらは楽器の寿命が短くなるだけで良い事とは思えない。経年変化と劣化を混同してはいけないと考える。楽器の経年変化は弾きこむことによって分子構造が変化をすることであり、劣化とはセルロースとリグニンを結び付けているヘミセルロースの減少による組織分裂と考える。木は絶えず呼吸をしていて水分が出入りしているからごく微量のセミセルロースが失われていきますこれを劣化すると言います。したがって劣化した楽器は音の芯が抜けて演奏に物足りなさを感じるようになっていく。
ストラドは出来てから300年近い年月を劣化することもなく鳴り続ける秘密を世界中の製作者、一部の科学者などが分析研究を重ねてきたがまだ解明されていない。現存するストラドはおよそ600挺位ある事、その材料は生産地のクレモナから北へ300キロほどの所で現在も切り出されていることは良く知られている。
劣化をするということは乾燥とともにこのセミセルロースが次第に減少していくので木に捻じれ、割れと言った変化が生じ、いわゆる劣化現象で古くなっていくにしたがって徐々に劣化が表れる。割れや捻じれ現象が表れなくても、次第に強度が失われて発生する音の活力が失われていわゆる鳴らない楽器になっていく。ではなぜセミセルロースは乾燥とともに減少するのか?それはヘミセルロースが水に溶けやすい物質で水分と共に蒸発すると考える。それは「表1」で水処理をした材料が著しく強度が下がることで証明されている。

■木の成分

まず木の成分を見てください。
【以下兵庫県立丹波年輪の里ホームページより転載】

◆セルロースとは何?
デンプンはご存知と思いますが、デンプンはブドウ糖が多数結合してできています。実はセルロースもブドウ糖からできています。しかし、ちょっと結合に仕方が違います。デンプンはブドウ糖がらせん状に結合していますが、セルロースは線状に結合しています。
セルロースはブドウ糖が1万~1
4千個が結合してできています。これが束状になったミクロフィブリルによって木の細胞の細胞壁を作り樹体を支えています。・・・。
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◆ヘミセルロースとは何?
ヘミセルロースはセルロースに似ていますがブドウ糖など単糖類が100~300しか結合していないもので、ミクロフィブリルを結びつけているものです。

◆リグニンとは何?
リグニンは簡単に説明しにくいのですが、一種のフェノール類でセルロースに比べ複雑な構造をしています。リグニンは細胞どうしを固める接着剤のようなものです。
よく木の細胞を鉄筋コンクリートに例えて、鉄筋がセルロース、鉄筋を結ぶ針金がヘミセルロース、コンクリートがリグニンといわれています。
参考文献

  • 木のひみつ:京都大学木質科学研究所編
  • 木材利用の科学:今村博之 他編
  • 木材の科学:右田伸彦 他
  • コンサイス木材百科:木材高度加工研究所編

木はセルロースとリグニンがほぼ7対3の割合で構成されていてその間にヘミセルロースが介在する。

  • セルロース(繊維質)主にパルプとして取り出して利用
  • リグニン(凝固剤)パルプを取り出した後は産業廃棄物として廃棄、一部は接着剤等利用
  • ヘミセルロース(結合水)水分

【転載ここまで】

■ストラドは燻煙材を使用している

ストラドが制作されたイタリアのクレモナ地方はアルプスの麓にあり年間を通じて湿度が安定していて楽器つくりに最適な環境になっている。木を乾燥するには割れを防ぐために出来るだけゆっくり自然の環境の中で乾燥させ最後に室内に入れてからも長期間なじませてやっと使用が可能になる。そして作業の進捗もゆっくりで映像で見ると1丁作るのに1か月以上はかかるのではと思うことからストラドが70年の制作活動で作れた数はそれほど多くはないと思う。これほどの名人あるからから絶えず複数の弟子が下働きをしてたと考えるがせいぜい1500挺から2000挺位ではないだろうかそのうちの600挺が残っていてオークション等で取引されている。同時期多くの楽器制作家が数えきれないほどのヴァイオリンを作っていたと考えるがストラドに匹敵する名器が大量に残っていることはない。
ここからは私の推測だがストラドのみが特別な材料を使っていたからではなく、材料を作っていたからと考えないと説明ができない。彼がまだ20代の頃すでに現代に残る名器を作っているがそんな若い彼が先輩製作者等を差し置いて材料を厳選できるとはとても思えない。何らかの拍子で燻煙技術を知ったのではないかと考える。一番考えられる方法は冬が長く当然工房に暖房用のストーブと言うより土間に少し石などで囲って木を燃やしていたのではないだろうか。そして材料を天井の梁等に掛けてて直接煙が当たるようにして養生をしていたのではないかと想像している。

■燻煙の効果と燻煙に関する情報の収集

燻煙に興味を持ったのは10年ほど前になるが初めは自分の持っている材料を燻煙加工してもらう為の業者を探す目的でインターネットを検索して工房のある名古屋近郊に燻煙作業をしている所を探したが見つけることが出来なかったが全国の各地で燻煙加工が行われていてその効用がそれぞれのホームページに記載されていた。共通していることは【皮付の丸太を燻煙した場合は製材のあと歪みや割れとか捻じれが出ないので歩留まりがよい】と書かれていた。つまり変形をしないということだ。木工作業をしている者にとって狂わない材料を確保する為に長い時間を掛けてゆっくり乾燥させてさらに長い年月養生期間を経てやっと使用が可能になるという常識が覆り大量の材料を養生する必要が無用になることは大きなメリットになる。具体的に燻煙の事を知りたくて野村研究所に電話で面接の了解を得て滋賀県湖南市へ行ったのが4年前で所長の野村元京大教授にお話を聞いて、燻煙サンプルを多く見せて頂いた。興味を持ったのは皮付の丸太を燻煙した後に製材すると捻じれや歪みが出ない話と厚いブロックを無造作に壁板等に張り付けてあって何年も放置してあるのに変形せずに隙間なくしっかり張り付いていた事。普通に考えられることはベニヤ板を思い浮かべて頂けば解りやすいが必ず膨らんだりして波を打っている。これは互いに引っ張り合うために起きる現象で当たり前の出来事あるが研究所の壁に貼り付けたブロックはすべて隙間とかソリもなくしっかり付いていた。もう一つ見せて頂いた拡大顕微鏡写真がきれいな分子構造図で少しも歪みがなく同じ形が並んでいたこと。それを見たとき二つことを思い出した。一つはこの写真で私の倉庫にある管理の悪い古い乾燥材の写真である。このように曲がりながら捻じれているがこのような木の分子構造はおそらく相当に不揃いなものになるとその時直感した。もう一つは若い頃板目に挽いた薄板を染粉で着色しようとして容器に染粉を溶かした水を張り染める板を入れて熱を掛けていた時に板が水を含んでよじれるように歪み、しばらく続けていたらまた平らに戻るさまを思い出した。そうした現象はその板を乾燥するときも繰り返して見ていたので木が水を含んで膨張したとき、又乾燥して萎んだときの分子構造を想像したのでその瞬間理屈抜きでストラドは燻煙材を使用していたと確信した。
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■鼎方式の燻煙

燻煙技術も青森県の菅岡氏が発見をした鼎方式はほとんど知られていないが青森にある三内丸山遺跡に菅岡氏が復元をした大型掘立柱建物を作る際現地で発掘した木片から炭化の痕跡が見つかったことからこの時代に燻煙の技術が存在していたようである。鼎燻煙は縄文時代に冬暖かく夏涼しい竪穴住居で屋根を葦で覆うくらいで大きな木を燻煙するために覆うことはできないため立木のまま燻す方法でこの時代の人たちが燻煙材が丈夫で長持ちすることを知っていて燻す方法を考えだしていた。直径が1メートルを超える大木をどのようにして立木のまま燻すか菅岡氏に説明をしていただいた。まず周りの木を切り倒してから大木の幹に3方から斧で削り取り3本足で立った状態にする。そして周りの切り倒した木とか削り取ったチップやらを大木の幹の周りに集めて積み上げ火をつけて燻していた。この方法を鼎式燻煙と言う。前にも記したが水は煙の触媒の働きがある。木はその水を上に運び上げる機能があってどんな大木でも枝先まで万遍なく水を汲み上げる力がある。立木であることはまだ木が生きているから100パーセント、セミセルロースが含まれていて煙による硬化剤効果で一層強くなって効果を持続する。(セミセルロースは鉄筋を結ぶ針金役目をしているが煙成分が硬化剤の役目をして溶接状態になることで水に溶けなくなると私は考えている。)
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三内丸山遺跡復元櫓 【三内丸山遺跡公式ホームページより転載】

■自作の燻煙窯で実験

前からバイオリンの名器ストラディヴァリウス(通称ストラド)の秘密は燻煙材ではないだろうか?と考えていたがここで確信に変わったことが燻煙にのめり込むきっかけで思案の末実験をする窯を作った。小さな古い物置小屋をアングルと石膏ボードで仕切り煙の流れを考えながら焚き口を作り煙突を立てて完成。その後中の温度を上げるために仕切りを二重にしたり、焚き口の位置を変えたり、菅岡氏から教えていただいた「鼎方式」を参考にしながら私なりに考がえてさらに仕切りを変えたり、煙突の位置を変えたりと何回も改良を重ねてH27年2月で4年がかりの実験をひとまず終了した。粗末な燻煙窯を一人で小さい焚き口を長時間焚き続けることができないためせいぜい24時間ほどを2回するのが精いっぱいの作業であった。愛知県技術センターの検査結果は自分で納得できる内容だったが、強度試験のみで技術センターの判断で成分分析をしていただくことが出来なかったことが残念であった。このような制約の中で次のような結果となった。充分でない燻煙ながらサンプルの数値に差が出たことに満足している。
「表1」に使用材スプルース乾燥材を燻煙した材料の試験結果(愛知県産業技術センター)を示す。30ミリのスプルース乾燥材を3分割して1枚は燻煙、1枚は何もしない。1枚は1週間水に浸けてから燻煙。(水に浸けたのは水が触媒となってより煙成分を吸収すると考えていたからであり、水が触媒の働きをすることは間違いではないと考えている。)「表1」を見ると水浸けにした材料は著しく数値が低いということは劣化が進んでいると考えられる。「表2」に伐材直後の杉間伐材を燻煙した材料の検査結果(愛知県産業技術センター)を示す。古丸太と新丸太の数値でも大きな差がある。詳しく見てみよう「表1」最大荷重は燻煙と処理なしの差は4ポイント、燻煙と水処理の差は21ポイントある。「表2」古丸太燻煙と無処理の差は2ポイント、新丸太燻煙と無処理の差は82ポイント、古丸太無処理と新丸太燻煙は実に120ポイントもある。曲げ強さにおいても「表1」燻煙と処理なしの差は1.44ポイント、燻煙と水処理の差は6,93ポイントある。「表2」古丸太燻煙と無処理の差は0.29ポイント、新丸太燻煙と無処理の差は12ポイントあり古丸太無処理と新丸太燻煙の差は17ポイントもある。
注目してほしいのは乾燥材を燻煙加工した「表1」燻煙と処理なしの4ポイント差だがギターを作って音を比べると明らかな違いが出る。「表2」新丸太の燻煙と処理なしの差82ポイントこの数値は粗末な窯でしかも短時間の燻煙加工での数値であるから厳寒期に山から切り出してすぐの丸太を皮付きの状態で本格的な燻煙加工をすれば強度のある材料を作りだすことが出来る。
表1 使用材スプルース乾燥材を燻煙した材料の試験結果(愛知県産業技術センター)

名前
材料名?
最大荷重
[N]
最大ストローク
[mm]
曲げ強さ
[N/mm2]
ヤング係数
[N/mm2]
傾き
[N/mm]
燻煙 272.350 12.6883 91.1887 9441.38 33.8379
処理なし 268.028 12.6267 89.7415 9345.63 33.4948
水処理燻煙 251.629 11.1767 84.2506 8755.11 31.3787

表2 伐材直後の杉間伐材を燻煙した材料の検査結果(愛知県産業技術センター)

名前
材料名?
最大荷重
[N]
最大ストローク
[mm]
曲げ強さ
[N/mm2]
ヤング係数
[N/mm2]
傾き
[N/mm]
古丸太燻煙 548.863 <72.6474/td> 10372.4
古丸太無処理 546.819 72.3542 10249.1
新丸太燻煙 666.989 89.6644 9404.55
新丸太無処理 584.645 77.0432 7953.56

※古丸太は長期間放置されていた皮が半分はがれた乾燥丸太
※新丸太は前日に伐採した皮付き丸太

■最後に

ストラドは丸太を燻煙した可能性はほとんどないと思われるのでこの燻煙技術を使えば現在の制作技術水準はストラドを超えることが出来ると思う。燻煙材の不思議な現象の一つに水切れが良いことがあり、丸太を燻煙したのちに製材の後数か月の自然乾燥で使用が出来るようになるから化石燃料を使わなくてもよいので大幅な経費節減になる。木材を乾燥するのに1立方当り約60リットルの灯油が必要と言われているが、燻煙乾燥は燻煙のあと自然乾燥で使用可能になり、さらに長期の養生期間が不要になりますのでその利点は計り知れないと考える。またこの技術を活用した楽器が世界に先駆けて最初に日本で制作、発売されるメーカーが出現することに最大限協力を惜しみません。以上述べました通り燻煙技術は環境に配慮しながら良質な材料を提供するといった理にかなった方策であることから皆さんに燻煙を勧めたいと思い執筆した。

■追記

私には調べる事が出来ませんでしたが設備の整った所で分析検査をすればヘミセルロースの燻煙による化学変化した形態を見る事出来ると考える。さらにストラドを詳しく検査が出来れば燻煙による痕跡を見れると思っている。

以上

2016年1月23日
名古屋市緑区桶狭間神明1224
工房ソニード
山本澄夫